「お前のチケットの変更も、もう頼んどいたからな」
「え、ちょまっw、待て、無理矢理こっちの仕事のスケジュール調整してもらったんだから、俺は予定通りの飛行機じゃないとダメだってば」
米国に住む姉を両親と訪ねるため、数ヶ月前から予定を組んでいた。以前にも少し話したが父親は末期の肺がん患者である。恐らく最後の旅行、というか家族が一同に会する最後の機会となる。
それが直前に投薬との兼ね合いで、渡航スケジュールに変更が出たのだ。
「あ...そうや。そうやったな...」
(まったく、なんでそないにせっかちなんや!親父は!)
といつもの苛立ちが喉元まで出かかり、思わず呑み込む。
「...余命、2ヶ月から3ヶ月です」
医者の口調は意外にサバサバとし、それがまた僕の現実感を無くす。
「聞いたか?」
深くため息を付き、こちらを向いたその口元は諦めを含んだ笑いが浮かんでいる。
「ああ...うん」
僕もつられて苦笑いを浮かべてしまう。
癌は肝臓に転移し、既に肝臓自体が倍以上に肥大している。腹の上からも分かるくらいだ。CT画像など見るまでもない。
「今後、肝機能不全が予想されます。分解出来ないアンモニアが全身に回り、意識混濁がまず現れ...」
思えば、随分と身勝手な父親ではあった。理不尽で強権的な父に対する我が家族の感情は...僕の...
とここで言葉を連ねた所で、この距離感は他人には伝わるまい。
...端的に言いますとですね。
うーん。
肉親の死のその身をそがれる様な思い(がするであろう)を、僕は感じないかもしれない。と言う事。もしかしたらそれは、このうちで僕だけじゃないかもしれない。
遺書、マンションの名義人の変更、遺産分配、株券の処理、母親の遺族年金の受け取り口座...ありとあらゆる手続きをテキパキとこなし、ご丁寧に葬式(密葬だが)の手順、死亡届の提出先、の指示書まで準備している。全て自分の思い通りの段取り、手順で物事が進まないと気がすまないのだ。これを手渡された僕はすでに義務感に縛られ、気分が重い。
過度に自己完結しすぎ感情移入をすら許さない様なそんな父親なのである。
なんというか、それぐらい奇妙な家族なのだ、うちは。それはこの父親を中心とした我が家の独特の世界観なのかもしれない。ドライとか、冷えきったとか、そういうのともちょっと違うんだけど。伝わってます?
だから余計かな、余計に、感傷的な気分を抜きに、ただ一人の人間の滅する過程に無常を感じざるを得ない。
それは強烈に感じる。

