2008年7月アーカイブ

大車輪

| | コメント(0)
この数ヶ月の体たらくが嘘の様。

連休後半からチマチマとQuartz Composerでプログラミング。ちょうど2年(も!)前にヒマに飽かしてオモチャ代わりに触っていたアプリが、こんなところで役に立つとは...。意外にすんなりフローが完成。

今回の出番はほんの数十秒。素材も予め用意された物。こちとらとしてはそれをそのまんまプロジェクションしたんじゃあ、タダの技術屋。一味加えないとね、ゲージツカの名折れ。

ピクチャ 7.png

ってんでえ、リアルタイムに舞台のマイクの音を拾って...この素材をゴニョゴニョ...。

御大はそこまで要求してる訳じゃあないけど、今週中にプレゼン予定。リアルタイムで変化する映像って、なかなか口では説明しづらい。論より証拠。実物見て気に入ってもらえるといいんだけど。


時差ボケも徐々に戻りつつある。


大号令

| | コメント(0)
やや気分もダウナーだしさ、まあこの夏は遊び倒すかなって気分でありました。

来月は大阪でイベント出演、後ろ延ばして神戸の友達の家に行こうかな。そうだ知人達が札幌でイベントやるから、そっちも遊びに行ったろうかなとかチケットの空き状況などを確認。

あとは、寝たり覚めたりしながらずっとPSPとかやって...気付けば夕方。ああ、そう郵便局に不在時の郵便物を取りに行かないとだった...。

と、電話がなる。師匠だ。慌ててPSPを一時停止。

「よぉ〜アメリカ楽しかったかい?」

「(うあっ)や、だから観光じゃないですって(見てる、この人、どっかからか見てる)」

「実は次の国立なんだが...」

「え?もう一ヶ月切ってるじゃないですか?」

さすがに今年は無いだろうとタカを括り、バケーションモード突入(今年はずっとそうだったけど)のつもりだったのが、握っていたPSPを落っことしそうになる。


そこからの師匠の話がまた奇妙奇天烈。...なになに、そんな話今まで出た事なかったじゃん...。師匠、またなんかインスピレーションの雷に打たれたみたい...。

「...という訳なんだ。こんな話、お願い出来るかぁ?無理かなぁ?まあ君なら、と思ってね」

そんな振り方されて、相手が断れないのは分かってるんだ。師匠、相変らずの○代官ぶりっすネ。

と、いう訳で、また死のマラソンが始まるようです。

帰国

| | コメント(0)
コミカさん、こんなに忙しいのにアンタだけ休暇?正気ですか?

とか

アメリカで親族会議?なんだそれカッケーなぁ。

とか

なんでもアルフォルニアってやつ?あっはっは!(TV見ないから知らなかった...)

色々言われつつも、強行した米国行き。関係各所に事前に告知したとは言え、携帯電話の国際ローミングをするも、着信は結局、友人の Eからの「あ、来週からカンボジア行くんだけど...」(知るか!)の1件のみ..._| ̄|○

母、姉、僕、そして父が揃い、父から遺言めいた話が2回あった。過去の懺悔めいた発言があったのは少し意外だったが、流転を続けて来た父親がこうして過去をアメリカで振り返っているという、訳の分からなさが、彼らしいと言うか、根を張る土地を持たない、我が家らしい。

父の言葉の内容自体は、何を今更、と思う気持ちも少なからずあったが、こういう事は形式が大事なのだろう。老い果てて今まさに朽ちんとする父、そして眩いばかりの生命力に溢れる甥と姪。このコントラストを描くにはあまりに非現実的な西海岸の風景。刺す様な日差し。枯れた山肌。プールの飛沫。

若い時は、どこに行っても時差ぼけなんて気にならなかったが、帰ってからこっち寝たり起きたりの日々だ。

アメリカ その7

| | コメント(0)
嫌だ嫌だと思っていた旅行もあっと言う間に最終日。もともと観光目的で来た訳じゃないし、姉夫婦の家の暮らしぶりを見、子供らと遊んで、ここでの生活をまた間近に感じられたのは、地味ながらも楽しかった。

携帯電話やインターネットが普及したという違いはあれど、アメリカの暮らしは14年前とさほど変わらない。と言うよりこのライフスタイルはすでに60年代に完成されたものだろう。車と大量消費。もう半世紀も続くこの放蕩と自由。なんという国力だろうか。戦争と搾取構造の上になる暮らし。だから今もって戦争は続行中なのだ。

滞在中に一度、ソニアのプール教室に見学に行ったことがあった。山の麓にある短大の屋外プールは、中国人、台湾人、インド人、の子供らの日に焼けた褐色の肌で満ちあふれていた。白人はほんの数えるくらいしかいない。

姉の暮らすエリアでも白人に会う事は本当に稀だ。シリコンバレーに進出して来た「有能・優秀」な人々がかつて居た白人層を内陸部に押し込めているのだそうだ。

エスニックな食材や料理店が確かに以前より増えはしたが、かつて白人層が謳歌していた自由をそのまま移民層が、もう何十年もそうして来たかのように享受している。一種異様な光景に僕の目には映ったのだが、そうか、大量消費は「経済力」さえあれば誰でも参加可能なのだ。


新たな自由によるアメリカの浸食。


これもベイエリア独特の現象なのだろうか?

最後の晩に義兄(インド系のテクノクラート)と酒を呑みながら、

「ボビーはアメリカに暮らす上で愛国心、というか、どこの国に自分は属している、と思うの?」

「もちろんアメリカよ。この国は努力すればどんな風にも変わって行けると思うから」

「それは自分がってこと?」

「それもあるけど、国自体も変わると思う。今こうして自分の子供達に一生懸命勉強やらせてるでしょ?彼らもきっとこの国を変えて行ける力になると思うよ」

へー、面白い事、言うもんだなあ。

普段、堅物でおよそ趣味の合わない義兄に少しだけ関心した。子育てがそのまま国の礎となる、と言う事がイメージ出来る。可能か可能じゃないかは別として、そういう風に思えるのはとても素敵だなあと思った。

ちなみに義兄はオバマ候補に投票したそうだ。

アメリカ その6

| | コメント(0)
最後の最後になってようやく僕の唯一行きたかった場所へ姉の運転する車で連れていってもらう。

行きたかったような行きたく無かった様な。その場所は約一年ほど「遊学」した大学のキャンパス。モラトリアムを抱えて逃げ出すように日本を出て過ごした、その一年はヒリヒリむず痒い様な思い出だ。

うわーこんなに広かったかなあ、アホみたいな距離をあっちの教室からこっちの教室へ歩いて移動していたのだと思うと我ながら若かったなあ、と思う。自分の記憶よりもキャンパスが1.5倍くらい広い。

大学の拡張に伴って僕の通っていた頃とは違う名前になってしまい、周囲に新しい建物が続々と増設されてはいるが、メインタワーは相変らず陰気な様子で聳えているし、古い建物の位置関係は僕の記憶のまんまだ。

よくこの中庭で教室の仲間に煙草たかって嫌がられてたなあ...。

ん?あれ?あれれ?

あの頃の記憶を辿ると、やっぱりこんな風に空はどんよりとしていた様な気もする。小高い丘の上にあるこのキャンパスからは眼下に街を見下ろせる。天気の悪い日は冷たい風が吹き抜けた。太陽が陰るとここはとても寒い土地だ。

キャンパスをぐるっと巡り、それから丘の中腹のアパートメントへ。ここで半年ほど3〜4人の友達と部屋をシェアして暮らした。ここも名前が代わり、ロッヂ風の棟は全て違う色に塗り直されてはいるが、当時の記憶がすぐさま蘇る。かなりの数の棟が軒を連ねているが自分の住んでいた部屋はすぐに分かった。

そうそうあの窓からよくボーっと下の小道を眺めていたっけ。友達が通りかかって何気ない会話。少しも自分の力では生きていなかったけど、有り余る自由があった。無重力みたいにどこにも足が着かない不安とともに。

当時のルームメイトはもう足取りも掴めない。それぞれが、あのドアを開けて自分の世界に一歩を踏み出したのだろう。どんな顔であの部屋を出て行ったのだろうか?何か胸に迫るものがあった。

「Sちゃん昔、ここに住んでたの?」

一緒に連れて来た姪が聞いた。

「うん。そうだよちょうど10年前かな。お前のお兄ちゃんもここに遊びに...んん? ソニア、お前今幾つだっけ?」

「12歳だってば」

「あっれ!?じゃあ10年前どころじゃないわ!」

いやあショック。あれからもう14年も経つのか。干支が軽く2周。そりゃ歳も取るわな。

アメリカ その5

| | コメント(0)

甥のビトは朝から学校。本来、高校は夏休みのはずなのだが、短大にて心理学を受講しているとのこと。大学入学のための内申書用にどーたらこーたら。

?

「あーウィークエンドが終わっちゃったからSちゃんと遊べない...」

?

結局、月曜から木曜は朝から夕方まで学校に行っている。姪のソニアもピアノだ、バイオリンだ、ダンスだ、水泳だ、で、しょっちゅう習い事に出かけている。こっちの子供はハイパーだ。一緒にプールで遊んでいて、いきなりバッサバサとバタフライを始めたのには目を剥いた。何の型で泳がせてもめちゃくちゃ速い。まるで魚のようだ。彼女のバイオリンはちょっと聴けたもんではないけれど。

?

「8月に入ったら夏期講習(?)も終わるのに、Sちゃん8月にまた来ない?」

?

恨めしそうにビトは姉の運転する車で出かけていった。

?

昼飯も兼ねて両親を伴って巨大ショッピングモールへ。お土産などを調達。店員の態度がびっくりするほど横柄で閉口する。かと思えば、急に「ご機嫌いかが?」なんてニッコリ話しかけてくるやつもいるのでどうも参る。

?

午後はソニアとプール遊び。明後日には帰国だ。父の病状には幸いにも変化はなく、ホッとしている。正直、まったく気が進まない旅行ではあったが、甥と姪と過ごせたのは楽しかった。

?

「ねえ、ソニア!バタフライ!」

?

褐色の四肢を思うさま伸ばして、また得意のバタフライを見せるソニア。ニカっと笑うその白い歯。刺すような日差し。青く濁った空。

?

「ああ、夏休みかぁ...どんな感じだったかなあ」

?

バタフライ!バタフライ!ソニア!体中で夏をかき回せ。

?

一年中、夏休みみたいな叔父さんだけど、君たちのその煌く夏の愛おしさはもう味わえないのだよ。

アメリカ その4

| | コメント(3)

朝6時にたたき起こされる。

 

義兄「Sちゃん。ハイキングに行きましょうっ」

 

は、はぁ...。甥と二人で眠い目をこすり車に乗り込む。車で20分ほどで目指す山のふもとに着く。山肌は短い牧草?に覆われてはいるのだが、元々乾燥地帯だけあってすべて小麦色に枯れている。ぱっと見ゴルフコースのようにも見える、いかにもアメリカ的な『健康的』な景色。が、山頂が霧に覆われているのに一抹の不安を覚える。

 

...これどこまで登るんだ?

 

割と勾配のある坂を登れども、登れども頂が見えてこない。もう山頂まで行って来たのか、帰りの下り坂を降りてくる、アメリカ人たちは半そでに短パンで軽快そのもの。

 

「この人ら毎日これやってんすか?」

 

「うん、そうね。日の出前に上り始めて降りてから朝食食べて、会社行く人もいるよ」

 

バカか、お前ら。

 

かれこれ50分も登らされて、ようやく霧が晴れる。というか眼下に雲が見えた。ちょまwこれ、お兄さん?登山じゃねーっすか?

 

それからさらに40分。もはや崖のような斜面を這うようにし、ようやく登頂。行きはまだしも帰りの下り斜面に踏ん張る太ももがすでに筋肉痛でパンパン。

 

帰宅してヘバっていると。

 

「Sちゃん。サイクリングに行きましょうっ」

 

ゴフっ。

 

今度は甥と姪を伴ってベイ周辺にあるサイクリングコースへ。もー、ケツと太ももが痛いのなんの。これで帰ってプールに入ったらトライアスロンだな...へへ。と遠のく意識で考えた。

アメリカ その3

| | コメント(0)

サンノゼのダウンタウンでImaxシアターを観る。ほら、あれだ視野の180度くらいをドーム型スクリ?ンで覆うっていう、いかにも万博テイストなあれ。うちの父親が以前に観たらしく「これはS(俺)にも観せたらなあかん」と言ったらしい。上映されていたのは海の恐竜のCG作品。時代遅れな技術とは言え、確かに没入感はある。実は僕は高いところと海中(特に深い、あるいは遠くの、ぼやーっと闇に消えていく感じ)がめっぽう怖い。映像でもダメ。ある意味、手に汗握る。

 

昼はビアガーデンへ。義兄が僕に気を利かせてくれたようだが...。こっちではどうもアルコール類はネガティブなイメージが付きまとう。どこか後ろ暗く、あんまり健康的な感じはない。そこに老人連れのアジア人の一向(チャイニーズ+日本人+インド人)がいるんだから、なんとも珍妙な光景。自家醸造のビールはうまい。

 

滞在中は外食が多くなるのだが、しかし肉と油まみれの食事ばかり。道行く若い人も結構メタボ。

 

夕方から甥に伴って近所の人造湖公園をジョギング。

アメリカ その2

| | コメント(0)

うわ、退屈やで。アメリカの普通の家のくらしはほんま単調で地味。ほっといたらみんな毎日タコベルでラインダンスなのかも。

?

時差ボケのせいか朝の六時半に目が覚めて、ビトとジョギング。

?

まあ姉の住んでいる地域というのは割りとアッパーな方なのかもしれないのだが、この妙に整然とした町並みとか、やたら健康的な日差しとか、ドでかい人口湖の公園とか、変にニコヤカな人々とか...この風景に、なんで僕の心はこんなも落ち着かないのか。きっと一方で歪んだ意思やエネルギーもふつふつと蓄積されているに違いない。こんな風景を見て、心が晴れ晴れするか?

?

昼食にまた両親をともなってゲンナリドライブ。

?

もどってきて裏庭でビトとソニアとでプール(!)遊び。まったくブルジョアめ...。底が深すぎて溺れそうになる。

?

夕方は16になるビトが腕ふるってバーベキュー。男の子はこれができるのがたしなみだとか...美味くも不味くもまあ肉...だな。

?

夜は姉夫婦とビトとでヘルボーイ2へ。...つ、つまらん。あー1が秀作だっただけに台無しだなこりゃ。

アメリカ その1

| | コメント(0)

空港で両親と姉、姪のソニアに迎えられる。10年ぶりのアメリカ、とは言えとくに感慨もない、かな。

あわただしく空港近くの飲茶で食事を済ませる。こっちの中華料理屋はどうしてこんなにダダっぴろくて公民館みたいにそっけないんだろうか?ツルツルで太いハシで大雑把な味の地飲茶をつつく。褐色の肌をした姪、中国語が飛び交うテーブル、我が血族はかくもガチャガチャと混沌に包まれている。

 

「もー、時間通りに食事に連れて行かないと、すーぐイライラして機嫌悪くなるから」

 

顔を会わすなりいきなり愚痴の姉。そのゲンナリした顔から、あいかわらずの父のワガママぶりが察せられる。

 

「こっちは広々してて気分が晴れるで」

 

と当の父はケロっとしてる。

 

が、そういう空は遠くまで霞がかかっている。頻発する山火事の煙のせいだ。僕の記憶にあるのはスカっと抜けた青空だったのだが、これも温暖化の影響だとか。

 

「あ、久しぶりにタコベル、食いたい...」

 

と口走ったばっかりに夕方からはタコベルを持たされ、甥のビトとソニアを伴い近所の公園へ。体のいい子守か。カントリーみたいなフリーコンサートを芝生で聞かされながらアホみたいにデカいペプシでジャンクなタコスを食う。んー舌が肥えたかなあ、若い頃ほど美味く思わない。せめてビールが飲みたい。

 

おお、白人が大挙してラインダンスを踊ってる。ヒマだなあコイツら。

念のため...業務連絡

| | コメント(0)
明日よりちょっくらアメリカです。仕事との兼ね合いで携帯を1週間ほど国際ローミング設定にします。

うっかりかかっちゃうとべらぼうに高い請求がくるかもなのでご注意をば。

けっきょく俺の携帯に電話かけてくるようなヤツしかココ見てないだろうから、あえてここで告知。

どうせやることないので向こうでもブログ更新予定。ま、お互い、ヒマつぶしにどうぞ。

髪切った

| | コメント(0)
アフロなんだかドレッドなんだかよく分からないんだが盆栽の様に慈しんで来た髪を切った。パスポート10年のやつに切り替えるんで...というのが表向きの理由なのだが...。

実は僕は実姉がなにより怖い。ある程度世の中の理とか約束ごとをのらりくらりとかわしながら生きている僕なのだが...。あのパーティ頭を見た瞬間の姉の顔を見ると生きた心地がしない。実際10年ほど前、肩まであった長髪を坊主頭に刈られてしまったことすらあるのだ。社会とか世間というヤツ以上に理屈が通らない存在。それが我が姉である。

ま、つまりは僕にとっては一大決心だったんだ。...が、意外に周囲の反応がない。ま、他人の髪型なんてどーでもいいやね。今の世の中、外見の社会的な記号は薄れつつある。

「ややっ!ついに決心してくれたんだねっ。う、ウチの社員になってくれるのかっ!!」

と今お世話になってるトコの社長が感涙に咽せいだくらい。

「あ、ちゃいます。そーゆんじゃねーですから...」

こっちの手合いは軽くいなせるんだけどなあ。

見送り

| | コメント(0)
先行して渡米する父と母を見送るため実家へ。見送りはいいとは言われたものの、やはり気になる。前夜から母親はブツブツ文句を言いながら荷造りをしている。孫に会いたく無い訳でもないだろうが始終父親のペースで進む段取りにウンザリしている。それを横目で見ている、俺も。

父の分の荷物を代わりに持ち横浜駅の空港バスターミナルまで。市営地下鉄を降り、駅を西口の端からから東口の端まで突っ切る。俺と母親はカートを引いたり抱えたりし難渋しながら人ごみの中をかき分ける。それを父はまるで意に介さず、さっさ、さっさと歩いていく。

あーあ。そうそう、この感じ。昔からウチの家族旅行はいつも.....。

誰もこの旅に心から出かけたい人間はいないのだ。父親を除いて。...だが、ただその顔だけは晴れやかだ。心無しか顔色もいつもよりいい。

「まあ、しょうがない...か」

上機嫌でバスに乗り込んだ親父を見送り、とりあえず行かせてあげられて良かったなあと思う。

厄払い?にA山さん夫妻と家人をなかば強引に横浜に呼びつけ、ベイクォーターで昼飯なぞ食い、遊覧船に乗った。

A山さんとこには秋に子供が誕生予定だ。ああ、万物は流転する。海風がびゅうと吹きつける。

アメリカ行きます

| | コメント(4)
来週10日から1週間ほど。これが仕事でもましてや、バカンスでも無く、あまり愉快とも言えない事情からなのですが。その話はまた後日(27日付けで書きました)。

そんで今朝、都庁の旅券課。パスポートの切替。パスポートの残り期限が90日切ってるのと噂によるとIC付きのパスポートじゃないと入国時に指紋取られたり、写真取られたりで散々らしいので。ガッデム。

考えてみたら、アメリカ行くのはかれこれ10年ぶり。ちょうど9.11を跨ぐ様な感じで久しぶりに見るアメリカが今どんな風に雰囲気が変わったのかが少し興味あるのですが。

まあ、それはさておき。ああいう公共の窓口ってどうもイライラさせられる。必要書類を書き込んで古いパスポートと一緒に提出したら、係のおばはん、軽くため息まじりに

「あーあ、こんなに汚しちゃって...」

と俺のパスポートを指先でつまむ。確かにそれはピンク色の染料に染まり、ヨレヨレのシワシワ。いわゆるパスポートの醸し出すある種の「威厳」はない。実はもう7〜8年前にインド旅行した時に現地の狂乱の祭り(というかほぼ暴動)に巻き込まれ、汚れてしまったもの。全くの不可抗力だ。なのにおばはんは俺に始末書を書け、という。

「何か問題があるかもしれないから、汚れた経緯を書いて下さい」

「もう7〜8年も前の事ですし、これまで問題無く渡航に使用出来たものだから今更、お前に文句言われる筋合いは無いです。ファックユー」

と言いたかったけどにこやかに

「いや、現地で奇妙なお祭りに巻き込まれまして...文句あるならインド人に言って下さいよ〜」

と受付の人々の笑いを取って、素直に始末書書いたぜ。ガッデム

このアーカイブについて

このページには、2008年7月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2008年6月です。

次のアーカイブは2008年8月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。