まあ、いったい親ってのは何をあげても喜ばねえ、というのが僕の持論。よそは違うのかな?違うかも。だいたい親の誕生日をよく覚えていないバチ当たりな僕も僕なのだが、子供の施しは受けない、という親も親だったりする。多分うちはちょっと変わってるのかも。
とは言え、親父の容態が容態なので、最近はしょっちゅうお見舞いに顔を出すし、親父の誕生日が近いのを思い出して、この日も実家へ。WBCなんかを見ながら寿司を取ってやる。まあ別にありがたがって食わないんだけどね、うちの親は。
親父は明後日から、また中国へ旅行に行くという。自覚症状はあまり無いとは言え、肺がんの末期も末期。肝臓に移った腫瘍は見た目にも分かるくらいに腹部にせり出している。自分への誕生祝いのつもりか、それでも向こうにいる知人達への最後の挨拶になることは間違いないだろう。
「自分で好きな時に好きな所に行けばいいさ、親父は」
タメ息まじりに言う。まあ、いつものことだ。うちはずっとこうだったなあ、と苦々しい思いがこみ上げる。するとポツリと親父が、
「もう海外は疲れたなあ、帰って来たら今度、温泉でも連れてってくれ」
「え...」
親父の口から自分のために何かをしてくれ、と聞くのはこれが初めてだ。大病をしても決して弱みを見せない人だったので、この何気ない一言が非常に驚きであった。
親らしいこと、や、子供らしいことは、普段から意識してやるようなことじゃない。でもそれをあえてやっておいた方がいい時、というのはある。とても滑稽なことなのだけど。そしてとても悲しいことだけれど。親子というのはえらく不器用で面倒くさい。

コメントする