昼間は春のような陽気で夜風にさえ、春の匂いがするような気がする今日この頃。三鷹のとあるラーメン屋さんが閉店となった。
もう朝からすごい行列で、僕も横浜から早起きして駆けつけたのでした。店の前にはすでに40人くらいの行列。地下にあるせいもあって普段はそこにラーメン屋があることすら知らない人もいるくらいなので、突如現れた行列にみんな驚いている。
道行く人に「なんの行列なんですか?」
4回も、5回も聞かれ、もう、うんざり。
「ラーメンです...」
不機嫌に答え、持って来た文庫本に目を落とす。そっとしておいてくれないか?ただでさえこんな派手な騒ぎになるような店じゃない。いわゆる行列で有名な店、とかラーメンブームとは全く無縁の店。ただ一部の人の間では伝説的な店であったし、話のタネにとわざわざやってきた一見さんのラヲタもけっこう混じってる。お前ら、来なくていいから。ちゃんと常連にお別れさせてやれよ。そんでこういう評価とかいらないから。
閉店は今月に急遽決まったらしく、新聞記事になるやいなや、ここ1週間ずっと行列はこの調子なのだそうだ。行列の大半は学生時代によく来ていた昔の常連さん、家族で通った人、または昼間からビール呑みに来ていたダメな常連さんとか(含む俺)が、思い出をたぐり寄せに、あるいは名残を惜しみに。
とは言え、たいがいの行列は並んでる本人達にとってもロマンチックなものではない。客層が広いだけに、年齢も様々。家族連れも多い。後ろの中学生の兄弟も行列の長さに耐えかねてふざけ合う声がうるさいし、そのまたさらに後ろの小学生の姉妹は鬼ごっこを始めている。
あーもう、うざい...。あ、後ろの中学生が通りがかりの爺ちゃんに話しかかられている。
「この行列ラーメン屋さん?おいしいの?」
「え、えーと。しょ、昭和の懐かしいラーメンみたいな...?」
てゆーかお前、平成生まれだろ!!
本当に行列とは滑稽なものだ。しかし三鷹のほとんどの地元住民はサバサバしたもんで、「へぇあの江ぐちさんがねえ...そう言えば去年久しぶりに食べたけど...ねぇ...最近の凝ったラーメンと比べちゃうとやっぱり見劣りしちゃうよねえ...」みたいなのが大多数。
味はどうかって?
じゃあ、まず、スープ。
例えるなら、よっぽど料理好きの人が「自分でラーメンスープ作ってみたい!」と突如思い立って、あれこれ調べて、寸胴に鳥ガラ、豚バラブロック、ネギ、ニンジン、...どうにかこうにか思いつく材料を投入してスープを作って、「うーん、まあ鶏の風味もするし、ラーメンっちゃあ...ラーメンかな?」と、なんとかギリギリ、ラーメンスープのボーダーに滑り込んでいる感じ。「あっさり系」と呼ぶのも、もったいない素っ気ないスープ。
が、これが不思議に後を引く。それは多分、スープを注ぐ前、醤油ダレの上にサラサラ〜と振りかけられる化学調味料のせい。食塩の瓶から本当にふんだんに振るので、最初これを見た人は必ずギョっとする。
そして、麺。
多分、全粒あるいは軽く精麦(でいいのかな?)された地粉を使っているので麺がなんというか灰褐色というか黄褐色というか、くすんだ色をしている中太の四角い断面のストレート麺。かん水はあんまり入ってなさそう。食感はブチブチというかボソボソというか...。
とここまで書いてて自分でも全然うまそうじゃない...。実際、人に聞かれても「うーん。うまくはない...けど、それがいいんだよ」と答える。はっきり言ってラーメンですらないかも。よく言われるのが「江ぐち、という食べ物」。まさに言い得て妙。創業ほぼ60年ってゆーから昭和のラーメンって言やあ聞こえはいいんですが...。これ果たしてラーメンの味か?お蕎麦屋さんのラーメンとも違うし。
こっからは勝手に僕のイメージなんですが、戦後の物資がまだ乏しい時に、手に入る食材でラーメンっぽいものを作ってみた...みたいな味?(はてなマークが多い...)しかも、ここからがすごいのが(これも想像ね)、余計な切磋琢磨をせずに、創業の仕様のままほぼ何も足さず(化学調味料のみ高度経済成長期以降に導入<想像)、馬鹿の一つ覚えのようにずーっと作り続けて来た味...か?
聞くところによると現マスターの通称タクヤ(本当は井上さんと言うんだけど)は、16歳から56年間、ずっとこの店で働いてるそう。いわゆる丁稚から始めたというタクヤは、先代のやり方をただ忠実に守って来ただけなのかもしれない。
レトロ、ジャンク、ルーズが渾然一体となったガラパゴス的停滞。これらの要素は何一つかけても江ぐちにはなりえない絶妙のバランスなのだ。今回の閉店はその先代というかオーナーの江口さんが亡くなられて、店舗の賃貸契約が切れためという。まことに残念...。
そんな江ぐちの名物のひとつは、このタクヤの50猶予年を経てなお匠の粋にほど遠い、平ザルさばき。麺の湯切りはまことヘタクソで、お湯は飛び散る、麺はハミ出す。カウンターの中は散乱した麺で見目が悪い事この上ない。以前、初めて江ぐちに来たと思われるカップルがそれを指差して笑い転げていたのを見た事がある。
そして江ぐちと言えば外せないのがビール。そしてつまみに「焼豚(チャーシュー)」。
チャーシューはただ豚バラのブロックを茹でただけの(多分寸胴でスープを取った後の)豚のスライス。これに、これまたただのタケノコ水煮(まったく味付け無し)を乗っけて、上からネギと醤油ダレ(普通は煮豚を煮詰めたタレなんだろうけど、江ぐちのはただの水煮なので、この醤油ダレの製法は不明)と、例の化学調味料をサラサラサラ〜。
...これがウマい。
地下にあるせいで昼間でも夜でも、江ぐちは時間が止まっているかのようなまったり空間だ。ダメなお父さん達が昼間っから呑んでる。でも、呑み屋じゃないのでチャーシューで大体ビール1〜2本呑んで、ラーメンすすって、ササっと帰って行く。その辺は、みんなわきまえてる。ダメなイキ(粋)空間と言いますか。ラーメンにもチャーシューにもドバドバと振りまかれる、雑に切ったネギ。青いところも白いところもいっしょくた。店を出た後の息は、猛烈にネギ臭い。
一時期は毎週のように行っていたかも。何も言わないのに椅子に座った瞬間にチャーシューとビールが出て来たらもう一人前の江ぐチャー。まあ、昼間はそんなオッサンばっかりでしたけどね。ラーメン食って、そんで呑み足りない場合はそのまま地上に出て近所のお蕎麦屋さんでまたダラダラ呑んだり。そんで夕方仕事帰りの家人を駅で待ってまた別の呑み屋に行ったり。うわあ...。夕日が妙にまぶしい俺だったなあ。ネギ臭い帰り道の俺。「またアンタ江ぐち行ったでしょ?」みたいな。
洗いざらしのビシっと白い暖簾、タイル張りの床、ステンレスのカウンター。ビールにチャーシュー、そしてラーメン。店内は小さな音量でTBSラジオ。
江ぐちはいつもミニマルで、ただただ素っ気なかった。
だからこそ客の方が、思い出過多にそれぞれ勝手な江ぐち像を作り上げているのかもしれない。
今日も席を立ちながら、
「おじさん、俺子供生まれたんだよ!!」
とおもむろに携帯を開いて見せた客がいた。タクヤの反応はきわめて薄い。
「え?あ?あ?おめでとさん。どうもどうも」
多分、大勢の常連さんのうちの一人で「今度子供が生まれるんですよ」みたいな話をしたことがあったのかもしれない。そんで今日、いよいよ閉店という時に最後の挨拶代わりに見せた写真だったのだろう。...が、大混雑する店内でタクヤは忙し過ぎて、携帯の画面なんか全然見てない。だいたい誰なのかも分かってなさそう。
そもそも愛想は悪くないけど、おおむね無口なタクヤ。僕は競輪か競馬の話してるところしか見た事が無い。通い詰めている客にもタクヤが自分から話しかけるなんて事はまずない。
僕なんかは、
「いらっしゃい」
「ビールとお皿(チャーシュー)」
「はい、ビールとお皿!」
...モグモグ ...グビグビ
「ラーメンにもやし...でお願いします」
「はい、ラーメンにもやし入れましょか」
...ズルズル
「ごちそうさまでした」
「スミマセン(勘定を受け取る)どうもどうも。...まいど!」
何年も通ったけど、これ以外に交わした言葉はない。あ、たまたま近所を歩いていたら裏口でタバコ休憩してるタクヤにばったり出くわしたことがあったっけ。
思わず、
「うわ...あ、どうも」
「ああ、まいど。どうもどうも」
せいぜい、こんくらいか。
今回もいつものように言葉少なにタクヤにオーダー。ビールでチャーシュー流し込んで、五目ソバ。店内はいつもと全く変わらない様子で...とは行かず、ぎっしり満席の上注文はひっきりなし。タクヤを始め、数年前に入った若手のハシモト君もいっぱいいっぱいで目が笑ってない。行列もあいかわらず引きも切らない。そうそうノンビリもしていられないが、一口一口確かめるように、箸でたぐり、すすり、かみしめる。
「これでもう最後」と思うと相変わらず素っ気ないラーメンが、妙に味わい深い。いつまでもいつまでもどんぶりの底をかき回していたいような気分だ。
やがて箸にひっかかる麺がなくなり、もう四分の一も残っていないスープに白いドンブリの底が透けてきた。江ぐちの「なんでもないスープ」は、あまりに当たり前すぎて今まで一度も全部飲んだ事は無かったんだけど(ネギが口に入るしね)、やっぱり最後はドンブリを持ち上げてグッと飲み込む。
今まで「なんでもなかったモノ」や「当たり前すぎたモノ」を「これでもう最後」と思い切る事が、こんなに寂しいとは。
僕もすっかりいい中年だ。これからは、新しいお気に入りに出合うよりも、長年愛着を持って来たものに別れを告げることの方が多くなって行くのだろう。
「ごちそうさまでした」
「どうもどうも。...まいど!」
「...」
なにか一言言おうと思ったけど...やっぱり止めた。なんでもなく店を出る方が僕の江ぐちっぽかったからね。
暖簾を潜ってまだまだ続く行列を横目に階段を上って地上に出る。駅まで向かう途中でPARCOの入り時間までまだあると気付く。
「...」
そう言えば、たまに江ぐちの向かいの喫茶店でダベってたことあったなあ。店を外からそっと眺めながらコーヒーでも飲もう。我ながら、まことに女々しい事だが、急にそう思いたったのだ。さすがにさっき通ったばかりの階段を戻るのは恥ずかしいので裏口の階段から喫茶リスボンへ。
「いらっしゃい〜」
店の入り口すぐのカウンターにコーヒを飲んでるタクヤが居た。タバコ休憩だろうか。
「うわ...あ、どうも」
「ああ、まいど。どうもどうも」
いつものように何でもない挨拶を交わして、僕はずっと椅子に深く腰をかけ、小休止を終えてまた向かいの店へ消えて行くタクヤを見送った。

さよならができてよかったな。
ま、今度は江ぐち話を肴に飲みましょ。
ほんとに武蔵野文化の大きな損失ですよ〜涙